2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

管理用

« 神経抜いた(2-2) | トップページ | ブログ休憩中… »

2007年10月10日 (水)

危険な三段論法

今更あえて言うことでもないけど、
今だからこそ、あえて言っておきたい。


かな~り久しぶりの更新ですが、
タイトル通りの内容です。
かな~り手短に済ませますので、どうぞお付合い下さい。

タイトルは「三段論法」となっておりますが、
それは、
今回語る内容についての便宜的な表現ですのでご了承ください。

◎「占い・カルト・似非科学」の罠

まあ↑の他にも、その手のものは昔からいろいろありまして、
長い歴史の中で盛者必衰の理をあらわしているわけですが…

これらに対する人間の態度は、
おそらく大別して三つあると思うのです。

1 「そんなのありえない」と一蹴する。
2 「そんなのありえない」と思うけど、
  「もしかしたら、ありえるかも知れない」と、半信半疑。
3 「これは真実だ」と、盲目的に信じる。


↑「もしかしたら、ありえるかも知れない」と一瞬思うけど、
 「やっぱりそんなのありえない」と一蹴する」
  ってのがないことにご注意。
  それが本稿の要旨です。



繰り返しますけれども、
この手のものは昔からありますが、
最近(というかしばらく前から)スピリチュアルなんとかとか、
なんとか占星術とかの番組が増えていく中で、
ぼくにはあえて言っておきたいことがありまして。

こういうことを書こうと思ったのはなぜかというと…

つい先日、
よくある「透視で迷宮入りした事件を解決しよう」というTV番組で、
『幼い頃に父と生き別れたお笑い芸人の父親の探索を試みて、
 結果、見つけることができた』
というのがあったらしく、それについて、
ぼくの身内が、

「透視なんてあてにならないけど、
 実際に見つかったんだし、本当なのかなぁ…
 芸能人のことだから、
 番組でやらせがあったのかなぁ…」


と呟くのを聞いてしまったのです。

本稿ではとりあえず、
その番組がやらせであったかどうかは問題としません。
単純に、その論法が適切であったかどうかを述べるのみです。


◎冷静になればなるほど、自らの飛躍を見落とす

この身内が上記のように思い至る過程を検証すると、

A 常識的に考えて、
  そんな(透視が奏功する)ことなどありえない

B しかし、『奏功したと主張する番組』という資料がある

C ひょっとして、自分が知らないだけで、
  そういうことも実際にあるのかもしれない


という三段論法(?)があったことは容易に察せられます。
ぼくは即座に、「いや、それは『やらせ』だよ」と諭したのですが、
身内の反応は、
「あなたも、全てを知っているわけではないだろう。
 この件はグレーゾーンだ。真相は闇の中」
と言うばかり。

思うに、そういう考え方をする人は、かなり多いはずです。


◎ここでずばっと、単刀直入に、ぼくは言いたい

そういう風に考える人は、
上記「A→B→C」という流れで思考を進めていって、
かつ、「A」という、『冷静な判断をする自分』を根拠に
「C」の結論を導き出すのですが、
これが、実は、

『(A+B)=C』

という図式が成り立つかどうかという問題であることに、
本質的に気付いていない。

オウム真理教も、そうでした。

A 自分は科学に精通しているから、
  人間が空を飛ぶことなどありえないと知っている
B しかし、「修行して空中浮揚した尊師がいる」
C もしかして、「修行を積めば」空を飛べるのかもしれない


この状況において、はたして、
『(A+B)=C』は、成り立つのか?

そんなわけは、ない。

「C」の結論を導き出すためには、
「A」において、自らが打ちたてた、

「そんなこと、ありえない」という前提
をぶち壊さなければならないのです。

つまり、
「A そんなこと、ありえない」と、
「C そんなこと、あるかもしれない」というのは、
決定的に矛盾するのです。


◎今回のまとめ、のようなもの

人間は得てして、自分の考えを否定したくないものです。しかし、自分の理解不能な事象にめぐり合った時には、『冷静な自分』を保留して、なんとか目の前の事実(のように見えるもの)を理解しようと努めてしまうものです。

好奇心に駆られて、なんとか理解しようと努力してしまうものなのです

しかし!


「おかしいこと」は「おかしい」と、『冷静に』判断すべきです。
「ありえない」と思うなら、その意志を貫くべきです。

真実は、ひとつ。


真実は、ひとつです。


« 神経抜いた(2-2) | トップページ | ブログ休憩中… »

コメント

>真実は、ひとつです。

大事なことを見落としてる気がする。
「何が真実なのか」
という点。
「真実」を「事実」という言葉に置き換えれば、「事実はひとつ」であり、「何が事実か」は断定できる。
さて、それが「真実」となると、どうなんだろうか?

いわゆる「オカルト」と呼ばれる現象に主眼を置いてるけど、「透視」というものが「絶対にありえない」と断言できるだろうか?

オウムの話は論外であって、その一つを例に
「人が空を飛ぶなんてありえない」
と決め付けていいものだろうか?

量子物理学に詳しい友人に昔、聞いた話では、人が宙に浮いている状態と、地面に足をつけている状態は、確率的には「半々」だそうな。
宙に浮いている人が存在しないのは重力のせいであって、その重力はなぜ発生するのかというと「解明されていない(分からない)」らしい。

ちなみに、イギリスのエジンバラ大学には、「オカルト」を研究する「超心理学科」があった(いまもあると思う)。
人間には未知の領域、秘めたる特殊能力てーのがあって、透視に関しても「ホントにできるのかどうか分からない」というのが現状。

その他、もろもろの観点から、

「分からない」=「できない(ありえない)」

という図式は成り立たない。
あの番組が「ヤラセ」なのかどうかは「事実」の領域であって、それを追及することは可能なんだけど、透視に関していえば、
「分からないものは分からない」
としか言いようがないのに、霧鈴は

「分からない」→「自分は不可能だと思う」→「あれはヤラセだ」

という論法を使ってしまってる。ならば、霧鈴が主張する
>『(A+B)=C』
という式におけるAの部分、「分からない」を「ぶち壊す」必要がある。
つまり、「透視など絶対に不可能」ということを立証しなければ、

>ぼくは即座に、「いや、それは『やらせ』だよ」と諭したのですが、

という言葉に説得力がなくなる。
むしろ、今回の透視のケースにおいては、

>この件はグレーゾーンだ。真相は闇の中

という言葉の方が適切かと思う。
「分からない」ことは「分からない」。
それでいいんじゃないかな?

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/52906/8318930

この記事へのトラックバック一覧です: 危険な三段論法:

« 神経抜いた(2-2) | トップページ | ブログ休憩中… »

最近のトラックバック