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2011年9月24日 (土)

被災地とタイムマシン

お久しゅう。
長らくご無沙汰しております。

先週の3日間、東北の被災地を回ってきました。
災害ボランティアとかではなく、被災された取引先の訪問です。
出発前は、帰って来たらすぐにmixiとかぼくの別ブログ(=そっちも過疎っているが多くの方の目に触れやすい)へ 感想なり報告なりをしようと考えていたのですが、
実際に行ってみると、とにかくなんというか、言葉を失ってしまいました。
「何も言うことがありません」なんてのもどうかと思ったので、ここで報告させて頂きます。
いえ、言いたいことはいろいろあるんですが、
それはこの半年間のうちにどこかで言われたことだと思うので~

3つだけ言わせてもらいます。

ひとつ。
「このマンションの4階まで水が来た」と言われたら、聞いた人は1棟のマンションだけを想像して、
『この高さか…そら大変だな』と思ってしまいますが、
実際には、その高さで明石から芦屋や尼崎までず~っと一帯が海になっていたという事実を思い知りました。
「周りに囲いを作ってそん中に水を入れて4階までってんならまだ話はわかるんだけんどもよ」ってことです。

ふたつ。
「建物の2階までしか水か来なかったから助かった」という方がおられますが、
2階まで水が来なかったという結果を今は知っているから『間一髪でしたね』なんて言えますが、
その時はそこで水が止まるかどうかわからなかったのですから、その恐怖は想像を絶します。

みっつ。
「がんばろう東北」なんて言ってますが、ひどいところは本当に何もないのです。
着の身着のまま逃げ出して、全財産がたまたまポケットに入っていた財布と免許証、
ぼくは、『がんばって』なんて言えませんでした。自分に何ができるのか。考えています。

ところで。

ニュートリノが光よりも速いかもしれないそうですね。
本当なら、過去へ時間旅行もできるかもしれないとか。

眉つばものです。
いえ、実験の結果がではなくて、時間旅行のくだりが。
っていうかそもそも、ぼくは過去への時間旅行なんてできっこないと考えています。

だって、たとえば昨日へ行ったとしたら、そこには昨日のぼくがいるわけでしょう?
それは、昨日ぼくが居た場所に、昨日のぼくが物質的に存在しているってこと。
その理論なら、ぼくはこの瞬間にも肉体と精神を更新(発生)しているってこと。
それはありえないことでは?

こんな考え方もある。

「現在のぼく」は、1光年離れたところにいる人には1年後、10光年離れた人には10年後に見ることができる。
15年前のぼくが放った光はここから15光年離れたところを飛んでいるはずなので、
光を超える速さでその光を追いかけ、追い付けば、15年前のぼくをみることができる。
「光速を超えると時間が逆行」ってのは、そういうことを言っているのではないかと思ってみたりする。
それなら、「光の速さでは時間が止まる」ということも感覚的に納得できる。
見えている世界が止まる、という意味になるけれど。

結局のところ、ぼくたちはぼくたちがまだいない世界、つまり未来へしか行けないのだろうと思う。
あの時選択を誤ったのではないかと思っても、結局はその選択をしている自分を見ることしかできなくて、
やりなおすことなどできないのだろうと思う。

津波の被害状況を目の当たりにしたので、
ニュートリノのニュースが強く印象に残り、こんなことを考えました。

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コメント

たまたま寄らせていだだきました。

「見る」というか「体験する」というのは「聞く」という行為と全く違う意味があるんだな、と改めて思いました。

ところで時間旅行。
「未来にしか行けない」というのは、ちょっと「?」です。

たとえば、時速24キロで走ったとしたら、1日で何キロ先まで行けるか、というと、24キロ先ですよね。
とりあえずは、今の社会に存在するあらゆる物(人も含む)は、時速24キロ以上出せないし、それ以下でも走ることができないとしましょう。

ある日、「いや、時速48キロで走ることができる。だからタイムトラベルは可能かもしれない」と誰かが言い出した。
そしてそれが可能になったとしましょう。

どうなるかというと、1日で48キロ先まで行けるようになる。
つまり、2日かけて見てきた景色を1日で見ることができるようになる、というだけで、さて、これを「時間旅行」と表現していいんでしょうか?

SFでは「時間旅行」というと「ある時点」から「別の時点」へ「一瞬で」移動するように描かれますけど、そういう表現方法の方が面白いことが描けるからそうしてるだけで、実際は「2011年1月1日午前0時ちょうど」から「2011年1月1日午前0時1分」に移動するのに「1分」という時間がかかってますよね。
でも、光より速く移動できれば、それが「50秒」で済むかもしれない。

要するに、未来へのタイムトラベルを、「『点』から『点』への『瞬間移動』」と考えると、いろんな矛盾(未来は既に存在するのか、とか)が生まれますけど、「『点』から『点』への『移動時間が短縮される』」と考えると、可能かもしれない、と思えるんです。

仮に、「点」から「点」への「瞬間移動」が可能だとしましょう。
「時間」を考える上で、最も重大な「パラレル・ワールド」の矛盾が発生してしまいます。
上にも少し書きましたが、「未来は現在と並行して存在するのか」という矛盾です。

「存在する」とすれば、「時間」という概念自体を考え直さなければならないのではないかと思うんです。
だって、1分後の世界も、1年後の世界も、10年後の世界も、100年後の世界も、同時に存在するわけですから、貴殿が書いてらっしゃる「選択」という「意思の存在」はあり得ないことになってしまう。

「時間」は「流れる」ものではなくて、ぱらぱら漫画のように「コマ送り」のものであって、我々は、あるコマから別のコマへ常に移動を続けている、ということにもなってしまいます。


過去への時間旅行は、書かれている内容にも一理あると思います。
「見る」ことしかできない。
問題は、15年前の自分の姿を見るためには、どれぐらいの時間がかかるのか、という点と、戻ってくることができるのか、という点だと思います。

ここでは便宜的に「1年につき1時間かかる」と仮定しましょう。
2012年の1月1日0時ちょうどに出発して、分かりやすく10年前の自分を見に行くとします。
目標は2002年1月1日0時ちょうど。
だとすると、実際はかなり複雑な計算が必要になるはずですが、ここでは省略します。

単純計算では、2012年1月1日10時に「過去」の目標地点にたどり着くことになりますよね。
さて、戻る時はどうやって戻ればいいんでしょう?
やはり同じ時間がかかるんでしょうか?

私はここでいつも頭が混乱してくるんです…(^^;

が、ここも単純に「同じ時間をかけて戻ることができる」としましょう。
さて、「過去」に1時間ほど滞在して、「現在」に戻ります。
その時点で、「現在」の時間は2012年1月1日11時になっています。
そして帰還。到着は2012年1月1日21時になりますよね。

すると、貴殿は21時間、この世に存在しなかったことになる。
貴殿にとっては、きっちりと21時間を過ごしたのに、「現在」の人にとってその21時間は、貴殿不在の21時間です。
どこを探しても存在しない。

それが21時間後に突然現れる。
それは貴殿にとっても同じではないでしょうか。
貴殿が過ごした21時間のあいだに、「現在」の世界で何が起きていたのか、貴殿は何も知らないんです。
これを「未来への時間旅行」ということもできるのではないでしょうか。
21時間後の世界に21時間かけてたどり着いた、という「時間旅行」です。
なんだか変ですよね。

そこで、帰還する時点を2012年1月1日0時、つまり、出発した時点へ戻る、とすると、10時間余分に戻らなければならなくなります。
21時間数分かかる。
すると、貴殿は0時ちょうどに出発して、0時ちょうどに帰還しているにも関わらず、貴殿にとっては既に21時間以上が過ぎている。
現在の人にとっては、貴殿は連続して存在し続けている。出発したと思ったら帰ってきた。

周囲の人が過ごした時間は同じなのに、貴殿だけ21時間数分長く時を過ごしている=21時間老化している、ということになります。
これは「21時間前の過去にタイムトラベルした」ということもできるのではないでしょうか?

だとすると、その21時間のあいだ、貴殿は同時に存在した、ということになりますね。
これだと、貴殿が「あり得ない」と書いておられた

>それは、昨日ぼくが居た場所に、昨日のぼくが物質的に存在しているってこと。
>その理論なら、ぼくはこの瞬間にも肉体と精神を更新(発生)しているってこと。

が「あり得る」ということになってしまいませんか?
それだと、過去への時間旅行は「見ることしかできない」ということにはならない。

この手の話が好きなので、長々と失礼しました。
まだまだ思うところはあるのですが、面白いことを書いてらっしゃると思ったので、コメントさせていただきました。

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